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カメラ片手に世界をブラブラする28歳の世界一周旅行記

アウシュヴィッツ強制収容所

   

【10/21】

この日は、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所へ行くことに。

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アウシュヴィッツ強制収容所。

誰もが一度は耳にしたことがあるだろう、「人類の負の遺産」とも言われる場所。

アウシュヴィッツ強制収容所とは、第二次世界大戦中の1940〜1945年にかけて、ヒトラー率いるナチス党政権下のドイツが行った強制的な収容が可能な施設群のこと。

当初はポーランド人政治犯を収容するための施設として建てられたましたが、時間が経つと共にナチスは全ヨーロッパの人間、主にそれぞれの国籍を持ったユダヤ人、ジプシー、ソ連軍の捕虜をここに送り込み始めました。

 

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第一強制収容所は、ポーランドの南部にあるオシフィエンチム(ドイツ語でアウシュヴィッツ)に、第二強制収容所はすぐ近くのブジェンカ(ドイツ語でビルケナウ)に作り、その他にも多くの収容所がこの周辺に作られていたそうです。

今後、二度と同じような過ちが起こらないようにとの願いを込めて、1979年に世界遺産にもなっています。

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アウシュヴィッツ強制収容所へは、バスもしくは電車で行くことができ、僕は電車で行っていきました。

行き方はこちら↓

クラクフ本駅(KRAKOW GLOWNY)からOSWIECIM方面行き(所要約1時間45分)

06:05, 06:39, 8:30, 10:23, 11:31

OSWIECIM駅からアウシュヴィッツ・ミュージアムまで徒歩で約20分。駅前の大通りを右方向へ、ロータリー交差点を左へ、そのまままっすぐ10分ほど歩くと、左手にアウシュヴィッツ・ミュージアム駐車場。そこを入ると、その先に入場棟があります。

駅前のタクシー利用で3分。

 

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こちらがOSWIECIM駅。

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駅から徒歩で向かうことに。

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入場の際には、時間が指定されグループに分かれて行動します。

各グループに一人ガイドが付き、施設内を案内してくれます。

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そして、時間になったところで見学がスタート。

まず、はじめに紹介されるのがここ。

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アウシュヴィッツ収容所の正門。

この門には、「働けば自由になる」というプレートがかかげられています。

なんとも皮肉な言葉です。囚人達はこの門をくぐり1日に何時間も過酷な労働を強いられ、あまりの過酷さに命を落とす人も数多くいたと言われています。

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ガイドは英語でしたが、写真を見るだけでもその残酷さは十分に感じ取ることができました。

1940年に使用が始まったこの収容所は、1942年には最大で2万8千人もの囚人が同時に収容されており、数が増えると共に施設の数も増えていったそうです。

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「死の道」。

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はじめは、占領地としていたポーランドの政治犯を収容する場所として使用していましたが、1942年頃からは、「ユダヤ人」という人種を絶滅させるためにヨーロッパ中のユダヤ人をこの施設に送り込んでは、大量虐殺を繰り返していたそうです。

上の写真は電車を降りて収容所へ向かう人々。この中のほとんど人は、単に「東ヨーロッパへの移住」とダマされてここへ連れてこられたそうです。

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そして、持っていた荷物や財産、着ている衣類を全てを奪われた後、ガス室に送られ記録にも残されずに殺されていったのです。

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こちらがガス室の模型。一度に約2千人が押し込められていたそうです。

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そして、これが実際に毒ガスに使われた薬品の缶。

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15〜20分で窒息しした遺体は外で焼かれることに。

ほんと、人間のすることとは思えない、信じがたい光景です。

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収容時に没収されたカバン。

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そして、靴。

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また、毒ガスで窒息死した後の死体からは人の髪の毛や金歯なども採取していたといいます。

人の髪の毛で作った生地なども展示してありました。

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新しく到着した囚人達は写真を撮られファイルに登録されます。

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そして、体にはナンバリングを。

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囚人達が着ていた囚人服。

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こちらは収容所での食事。

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食事もまともに与えられず、過酷な労働を強いられた人々の体は骨と皮だけ。

ほんと、見ているのが辛くなってきます。

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40〜50人用の部屋に平均200人が収容されていたらしく、ベッドも1つを数人で分け合うといった使い方。

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囚人達はどんな気持ちでこの窓の外を見ていたんだろう、と考えずにはいられません。

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こちらが実際に使用されたいたガス室。

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中は撮影禁止でした。

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オシフィエンチムの見学が終わった後はバスでビルケナウへ移動することに。

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ここビルケナウにはアウシュヴィッツ収容所2号として約300棟のバラックが建てられていたそうです。

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煉瓦造りのバラック。

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ビルケナウの方にも焼却炉やガス室がありますが、1994年のユダヤ人の反乱により破壊されています。

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様々な事実と恐怖を教えてくれるアウシュヴィッツ強制収容所。

日本にも広島、長崎の原爆という後世に伝えていくべき負の歴史がありますが、ここアウシュヴィッツも全く同じ。二度と同じ過ちが起こらないように広く知られるべき、伝えていくべき遺産です。

他のヨーロッパ諸国と比べるとなかなか行く機会が少ない国だと思いますが、もしポーランドを訪れた際は必ず足を運んで頂きたい場所です。必ず何か感じるものがあると思います。

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 - ポーランド

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Comment

  1. shimosaka より:

    このようなブログをしていただいてありがとうございます。今まで知っていたアウシュヴィッツ強制収容所の事をもっとよく知ることができました。ありがとうございます。将来行きたい所の候補に上がりました☝︎

    • hideki より:

      shimosakaさん
      コメントありがとうございます!
      写真を通して少しでもその場の空気をお伝えできればなと思っています。
      ここは是非足を運んで頂きたい場所ですね。

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